ミニマルヤマの子なのに・・・

墨田区にあるミニSHOP『ミニマルヤマ』の公式ブログです

Category: ミニマルヤマ  

17年目の再会




久々に、ながーーーーーーーーい昔話を。



1959年8月26日
それがミニの誕生日とされています。

ちなみに私の誕生日は7月です☆



ミニ誕生から30周年がたった
1989年8月27日(日)


その日、イギリスのシルヴァストーン・サーキットで30周年をお祝いする
盛大なミーティングが開催され、
イギリスならず、ヨーロッパ各地、アメリカなどから、
3万台を越えるミニが集まりました。


ロンドンから北へ向かう道は、日曜日だというのに、大渋滞に見舞われ、
何キロにも及ぶ長いミニの行列ができたそうな。


日本でもMINI DAYの日などは、現地に着く前から
ミニが道路を埋め尽くし、お祭りムードですが、

きっと当時のそれは、日本の比ではなく
ヌーの大移動さながら、圧巻の光景だったでしょうね。



日本からもたくさんのミニフリークが参加しました。


日本から参加したミニはというと、「練馬5」ナンバーのミニ1台。

ブログでもしつこいほど、出てきた
1965年モーリスミニクーパー1300S MK1次号のミニプラスに出る、社長のスプリントです。



社長いわく、

”ミニの商売をしていると、ときに好きだったミニが
ふっと遠のいてしまうことがある。でも、それじゃいけない。
ある意味で、ミニオーナーたちよりミニ好きでなければならない。
だから、このイベントには一番思い入れのあるミニを持っていこうと考えた。”

よくわかんないけど。
なんか、思うところがあったんでしょうね。


”そうやって考えているうちに、どうせ参加するなら、
クーパーSを綺麗にしてあげようと思い始めて、
今度は、どうせ綺麗にするなら・・・・と思い始めて
ジョンクーパーさんに20年ぶりのワークスレーシングカーを作ってもらうことにした。”


典型的な車好きの考え方です。笑

修理する→どうせ直すなら→前よりいいものにしよう・やりたかった風にしよう
とか言って、当初の予定より金額がどんどん上がってったりして。


そうして、妄想がエスカレートした結果、
4つの柱からなるアイデアに落ち着いたのでした。

1.一番思い入れのあるミニクーパー1300Sでイベントに参加すること。

2.ジョンクーパーガレージで、当時の仕様と雰囲気に沿ってチューニングする。

3.ボディをロブウォーカーガレージに持ち込み、ロブウォーカーミニにモディファイする。

4.出来上がったら、大磯ロングビーチから17年ぶりにパディホプカークに乗ってもらう。




これから語るエピソードも既出ですが、

このミニは、大昔、大磯ロングビーチで、パディホプカークさんが、
デモンストレーションランに使ったミニで、
その際に、一度このミニのボンネットに彼がサインをしています。



img13755.jpg

しかし、その後、当時のオーナーがクルマの痛みに耐えかね、
そのミニをオールペイントしてしまい、
サインは消えてしまいました。





話を戻すと、
当時、ミニマルヤマはジョンクーパー氏とパートナーシップ
を組んでいたことあり、社長の立てた計画は進行していきました。


まず、ミニが南ロンドンにあるジョンクーパーガレージに運び込まれ、
ボディとパワーユニットを分解し、ボディはサザンプトン近郊にある
ロブウォーカーガレージに移されました。


※ 下記、書いている私は意味を理解していません(・o・)

チューニングの内容は、

チューニングは街乗りも出来るように、高すぎず低すぎず。
キャブはスプリットウェーバーを使い、
カムシャフトはロード&ラリーで、ウルトラビッグバルブが組み合わされました。
ピストンの交換により、排気量は1275ccから1293ccにアップし、
ヘッドポートは16.4cc、コンプレッションは11.5:1前後に高められています。
足回りでは、ハイドロラスティックをラバー・コーンに変更し、
車輌重量は約40kgの軽減化が図られ、ブレーキはロッキード製FRアジャスターが付けられました。


ボディペイントは、英国のナショナルカラーである
”ブリティッシュレーシンググリーン”に
アイボリーという往年のクーパーカラーに決定しました。

ボディは、ウインド下端から上が3、その下が7の割合で
切り詰められました。グリルも、エンジンルームもウインドも。


こうして化粧直しをしている間にも、社長は4回ガレージに足を運び、
イベントの1ヶ月前に、車は完成しました。





そしてイベント当日。


img148.jpg



ギャラリーをかきわけ、現れたジョンクーパー氏。
エンジンルームを軽く点検し、
「くみ上げたばかりなので、あまり回さないほうがいい」
とひと言言って、にっこり笑ってボンネットを閉めました。



続いて、パディホプカーク氏が現れ、
はじめは、どうして自分が”このミニ”に乗るのか?
と不思議がっていたそうですが、
これは17年前にあなたが大磯で乗った”あのミニクーパーS”だと伝えると、
「本当にそうなのか!」と大感激して、社長を助手席に乗せて走ったそうです。




走行を終え、ボンネットに改めてサインをするパディホプカーク氏。
このあと、もうひとつの白いクーパーラインに、
ジョンクーパー氏のサインが入れられました。

img142_20120608120722.jpg


社長も若いし、その横の息子も、ちんちくりんですね。



夕刻のフィナーレには、バースデイソングが会場中のスピーカーから鳴り響き、

先頭を、息子のクーパー氏を助手席に乗せたジョンクーパー氏が走り、

その後ろに、満面の笑みを浮かべた社長とその息子が乗ったクーパーSが続き、

参加者全員による途絶えそうにないミニのパレードがどこまでも続きました。





ちゃんちゃん。


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